御嶽山の秘瀑・百間滝で自分に問い続けたこと①

強力&同行記録

先日、御嶽山の百間滝まいりへ随行ずいこうさせていただきました。

7時に中の湯登山口に集合しました

百間滝へ訪ねるのは今回で3度目となります。昨年に引き続き大鐘おおがね龍昇りゅうしょう先達せんだつからお声がけいただき、随行ずいこうさせていただくことになりました。

大鐘先達については、以下の記事で紹介しています。
御嶽講の紹介!高針心願講の活動&功績とは?!
ご覧あれ!御嶽山に建つ大日如来像!

高針心願講の大鐘龍昇先達

今回は、想いを中心に書かせていただきます。

百間滝そのものについて読みたい方は、以下の過去記事をご覧ください。
御嶽山の秘瀑【百間滝】へ修験者と行く![A面]
御嶽山の秘瀑【百間滝】へ修験者と行く![B面]
御嶽山の最大秘瀑【百間滝】とは!
御嶽古道/黒沢口第13番-百間滝とは/御嶽山三十八史跡巡り

悩める百間滝…..

私は百間滝を知ってもらうために、写真と解説を外部に提供しており、このように紹介しています。

百間滝とは

百間滝の滝行詣り2025
御嶽山最大の秘瀑である百間滝での、滝行の様子です。百間滝は一般の方は行くことができない神聖な場所となっていますので、このように写真にてご紹介いたします。御嶽講の先達から特別な許可を得て、百間滝詣りへ随行し、滝行の撮影をさせていただきました。
百間滝は落差が40メートルもある直瀑で、そこでの滝行は凄まじい迫力がありました。また、滝までの道のりも非常に過酷で危険であり、強力(ごうりき)や先達の案内がないとたどり着くことはできません。
心と身体を清める滝行は、霊山である御嶽山へ登拝するためには欠かせない大切な修行です。火山である御嶽山には多くの滝があり、今でも滝行が行われています。

なぜ百間滝へ行くのか?

今年もありがたく随行ずいこうのお誘いを受けたものの、今回は行く前から深く悩んでいました。

危険な沢を渡ります

私は百間滝とどう向き合うべきか?
私自身、百間滝を訪ねてどうしたいのか?
なぜ百間滝へ行くのか?
行って何を書きたいのか?
どのように伝えていくのか?
どう残すのか?

掛け念仏を唱えながら進みます

これらの想いがき、なかなか答えが出ず、心が晴れない日が続きました。

百間滝展望台で勤行

百間滝を語る理由とは

畏れる百間滝の姿

展望所から臨む百間滝

荘厳そうごんな百間滝の姿。百間滝は私にとっておそれを感じる場所である。百間滝の水流をみると、ハッと息が止まり、目が離せない。ぎゅっと目を見開き、呼吸を整える。何か胸をぎゅっとつかまれたような感覚になり、顔の奥から涙がこみ上げてくる。

展望所までは通常登山道があります

滝の直近へ行くと、「よくここまで辿たどり着けた」という感謝の想いがみ上げます。

百間滝を見上げる

身体的にも、精神的にも、ここは簡単に来ては良い場所ではないと、毎回感じます。滝を見つめていると怖くて涙がでるんです。私はご厚意で、その場にいさせてもらってはいますが、いつも胸が苦しくなります。御嶽山へ感じる気持ちと、とても似ています。

滝行の準備

悩みながら当日を迎えましたが、みなさんとの行動を通して、少しずつ何かが見え始めました。そして百間滝から帰宅した数日後、不意に答えのような感覚が下りてきたんです。

ひとつ目の答え

ひとつ目の答え、それは、ただ事実だけを伝えること。

百間滝と言う場所の存在を知って欲しい。
百間滝がどのような場所であるかを伝えたい。

百間滝という滝があり、そこは今も行者がまいる神聖な行場ぎょうばである。
百間滝では過酷かこく滝行たきぎょうが今でも行われている。
そして、一般人が行ける場所ではない霊場れいじょうである。
御嶽山は、百間滝は、そういう場所である。

一般人が行けない場所だからこそ、せめてそのすごさ、迫力、雰囲気が伝わるようこれまでも書いてきました。

矛盾しているかもしれませんが、決して百間滝をPRピーアールしたいわけでありません。

私がやるべきことは、
百間滝の今の状態や百間滝に関わる人々について、可能な限りそのままを伝えることだと思いました。ありのままの百間滝、その存在を記録として残しておく、だたそれだけです。
これが、私の原動力げんどうりょく、御嶽山に関わる理由であり、自己問答じこもんどうで出たひとつ目の答えです。

この百間滝の記事を読んだ方には、「行ってみたい場所」というよりも、「このような場所が今も御嶽山にあるのだ」と知っていただけたたら嬉しく思います。この記事を読んで百間滝に行きたくなったら、それは私の伝え方、書き方が悪いのだと反省します。

矛盾した百間滝への想い

想いはさまざま

私以外にも百間滝を紹介している方はおられますし、人それぞれ想いや書き方も違います。実際に百間滝は素晴らしい場所です。行きたいと思う方がいてもおかしくありません。

みなさまに虹がかかって嬉しい瞬間でした

百間滝をなるべく後世に残したいと言う気持ちを持って、活動している方々もおられます。
違う山で修行を積んだ修験者の方々に、御嶽山の百間滝を紹介したいと言う気持ち、今回の山行さんこうで伝わりました。

想いが深い大鐘先達

そしてそのような修験者の方々が、「御嶽山にそのような人知れない修行場があるなら、ぜひ訪ねてみたい」と思うのも当然だと思いました。このような人々のつながりはとても大切であり、そんな方々の想いが、これからの御嶽山や百間滝を守っていくのだろうと今回感じました。

遠くから来られた修験者の方々

実際に今回来られた方々も、御嶽山と百間滝に真剣に向き合って下さったように思いました。

紹介するリスク

一方で、安易あんいに百間滝を紹介することで、「そこへ行ってみたい」と思う人が増えてしまうことへのリスクを感じています。
「百間滝は、限られた行者のみが行ける滝である」「先達や強力の案内がないと辿り着けない」「厳しい滝行が行われている」このように聞けば、逆に好奇心をくすぐられる方がいるかもしれません。しかし、道を知ってる方に案内を頼めば連れて行ってもらえる場所、というわけではないと思います。

御嶽山へ導かれた山本さん

幸運に恵まれて一度でも行く機会があった方は、誰か知り合いを連れていきたくなるかもしれません。気持ちは分かります。それでも「今度あの人を連れて行こう」「じゃあ連れてってもらおう」と言うようなイベントツアーになって良い場所ではないんです。

ご立派な方々でした

「誰かを気軽に誘って訪ねる場所」として捉えるのではなく、「誰をお連れするか」その意義をよく考えることが大切であると感じています。私も道を知っているからといって、誰でも親しい人を連れて行こう思うことは、決してありません。そんな気持ちで百間滝に向かってはいけないと私は思っています。

覚明行者が修行をした岩窟

ふたつ目の答え

ふたつ目の答えは、好奇心をもたらさないこと。

百間滝を知ってほしい。
同時に、好奇心をもたらすつもりはない。
百間滝は、ただ楽しむため、ただ感動するために行く場所ではない。

滝近くのお堂

自分勝手な想いかもしれません。自分自身、少し矛盾を感じていますが、このことを本当に伝えていきたいと思います。この矛盾こそが重要で、今回下りてきた答えのように感じています。

御嶽山の秘瀑・百間滝で自分に問い続けたこと②へ続きます。

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