御嶽山へ初めてきた人や、山岳信仰をあまり知らない方へ向けて
「滝行とは何か?」「なぜ滝行するのか?」を分かりやすくお話ししたいと思います。
お山に入るため
木曽の御嶽山は火山ですが、霊山としてもとても有名なお山です。
霊山というのは、神さまが住んでるお山のことです。
人々は、御嶽山には神さまが住んでいる、もしくは御嶽山そのものを神さまだと信じていて、大切にしてきました。

そのため、御嶽山へ入るには厳しい修行をしないとなりませんでした。
山へ入る=御神域へ入る
つまり「神さまの懐へ入る」「神さまに会いに行く」という感覚だったからです。
現代ではもちろん修行せずとも、誰でも御嶽山に登れます。
しかし修験者や御嶽山を信仰している信者さんは、今でも修行として御嶽山を登拝しています。
滝行の目的
なぜ修行しなくてはいけないのでしょうか?
それは「神さまの懐へ入る」「神さまに会いに行く」からだと言いました。
その道のりは険しいため、身体が強くなくてはいけませんでした。
そして神さまの領域(御神域)に入るのですから、日常の穢れ(ケガレ)を洗い清める必要がありました。
さらには煩悩(雑念)を捨て、心を清らかにすることが重要でした。
つまり修行の目的は、
身体を鍛え、心身を清め、精神を整えることだと考えられます。

滝行は、そんな修行の集大成ともいえます。
日頃みなさんは、外から家に帰ったり、トイレのあとに手洗いをすると思います。
滝行はそんな風に、「全身を洗う」ことだと思ってみてください。
日常の穢れ(ケガレ)を洗い清める滝行はとても大事な修行でした。
『禊』や『水垢離』ともいいますが、『水』というのが、重要な要素となっています。
こと日本では、「ケガレや呪いは、水で清めれば浄化される」という考えが古くからありました。

そして身体だけでなく、心を清めることが大切です。
そのほか修行中は、厳しい食事制限や、清潔な衣服の指定、お経を読んだり、お供えをしたりとたくさんの項目が決められていました。
霊山という神さまの領域(御神域)に入るために、
身体を鍛え、日常のケガレを落とし、煩悩を捨てることが必要だった。
そのための代表的な修行が滝行であった。
修行の場としての滝
ここで、王滝の二つの滝を紹介します。滝行の行場として今も利用されています。
清滝

清滝は、このような光がさすと虹がかかる美しい滝です。
この滝壺の写真を見て何か気づく点はありますか?

足元が平らにならされていますよね。つまり滝行初心者や、ご高齢の方や子どもも安全にできるように作られているのが分かります。

滝行はとても危険で、先達さんから作法をきちんと学ばないといけません。
新滝
王滝村は滝行に適した滝に恵まれていました。

新滝という滝は、板状節理が発達した岩壁にかかっています。

板状節理は、下部が抜け落ちやすいため、洞窟ができやすくなっており、滝の裏側へ行くことができます。

普寛行者が実際に修行した洞窟も残っており、かつての行者さんたちは、その洞窟に何日も籠ってお経を読みつづけ、1日の決まった時間に何度も滝行を行ってきました。
黒沢には滝がない?
一方の黒沢口には、滝行に適した滝がなかったため、滝行用に人工の滝がいくつも作られました。

しかしそんな黒沢口にも、百間滝という御嶽山最大の秘瀑があります。落差約40メートルの直瀑で、滝まで辿り着くのは非常に危険な道のりとなっています。

限られた者しか行けない、そんな百間滝での滝行は圧巻です。

くわしくは過去の記事をご覧ください。
いざ御嶽山の最大秘瀑【百間滝】滝行へ!
御嶽山の秘瀑【百間滝】へ修験者と行く![A面]
御嶽山の秘瀑【百間滝】へ修験者と行く![B面]

滝は神聖な場所
御嶽山の滝では、今でも滝行している行者さんや信者さんがたくさんおられます。
とても大事で神聖な場所です。

水に打たれるのは気持ちよく感じるかもしれませんが、滝行はとても危険ですし、きちんとした作法があります。
どうか滝で遊んだり、むやみに滝壺へ入ったり、興味本位で滝行するのはお控えください。

滝には、不動明王さまや弁財天さま、摩利支天さまが祀られていることが多いです。滝に行ったら手を合わせましょう。
霊山という神さまの領域(御神域)に入るために、修行していた。
修行の目的は、身体を鍛え、心身を清め(日常のケガレを落とす)、精神を整える(煩悩を捨てる)ことなどがあげられる。
そのための代表的な修行が滝行であった。
御嶽山の滝では、今でも修行として滝行が行われている。
最後に、貴重な写真を提供くださった大鐘龍昇先達に感謝申し上げます。


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