御嶽山の歴史

女人堂

御嶽山の山小屋【女人堂】の歴史とは?

女人堂にょにんどうは、現在御嶽山にある小屋の中では一番古くからあることで知られています。それは女人堂にょにんどうのホームページにも書かれていますし、疑いもしていません。がしかし、一度調べてみたくなったのでお付き合いください。今回取り上げてい...
女人堂

御嶽山の女人結界はいつ解かれたか?

御嶽山には女人堂にょにんどうという小屋があります。その昔、御嶽山は女人禁制にょにんきんせいであり、女性は女人堂にょにんどうがある八合目までしか登拝を許されませんでした。というのはそこそこ知られていますが、今回は、その【女人結界にょにんけっか...
御嶽山の歴史

教えて!御嶽山の三十八座とは?

今回も、御嶽山が一般に開山される前のお話!中世から江戸時代にかけて御嶽山には、三十八座の神仏が祀られていました。頂上・山中・山麓さんろくそれぞれに配置されており、それらを百日間の重潔斎を含めた登拝時に巡拝していたようです。また「三十八」とい...
御嶽山の歴史

江戸時代の御嶽山ガイドブック!?「吉蘇志略」とは?

前の記事でに、開山前の御嶽山へ登る方法として百日間の精進潔斎の内容を紹介しました。その元になった資料が「御嶽登山儀式抄」でした。今回もう一つ、「吉蘇志略きそしりゃく」という江戸時代の御嶽について記述されている貴重な著書を紹介します。簡単に言...
御嶽山の歴史

江戸時代!百日潔斎で御嶽山へ登る方法とは?!

【覚明行者かくめいぎょうじゃ】【普寛行者ふかんぎょうじゃ】によってそれぞれ開山された【木曽きその御嶽山おんたけさん】ですが、今回はその開山前のお話!当時御嶽山へ登るには、「75日間あるいは100日間の精進潔斎しょうじんけっさいしたものだけが...
御嶽山の歴史

御嶽山の江戸時代、病への対抗策「符・気・薬」とは?

御座(おざ)拝見の記事で【御座おざ】について書きました。それに併せて興味深い記述を見つけましたので、前回と若干重複しますが、紹介いたします。【御座おざ】とは、御嶽信仰における重要な儀式です。【御座おざ】がいつ頃から成立したのかは正確には不明...
御嶽山の歴史

御嶽山のルーツ、蔵王→座王へなぜ変わった?

前回、【蔵王と座王】見た目の違い?についてお届けしました!そこで、木曽の「ざおう」は【座王ざおう】であると言いました。今回は、なぜ【金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん】(以下略【蔵王ざおう】)が【御嶽山座王大権現おんたけさんざおうだいごんげ...
御嶽山の歴史

御嶽山のルーツ【蔵王と座王】は見た目が違う?

こんにちは!御嶽のルーツ【蔵王権現】徹底解説!にて、【金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん】が何たるかを分かった上で、次の謎に迫ります。そう、それは【蔵王ざおう】と【座王ざおう】の違いです!つまり【金峯山寺きんぷせんじ】の【蔵王ざおう】と、【...
山丸三(やままるさん)

御嶽山のロゴ?【山丸三】の新たな解釈とは?

【覚明講紋かくめいこうもん】の記事「覚明行者の頭陀袋に注目!」でも紹介した書籍「神鳥かむどりの声」に、【山丸三】の新たな解釈が載っていたので紹介します。【山丸三やままるさん】について何ぞや?となった場合はまず以下を参照ください。気になった山...
御嶽山の歴史

御嶽山のルーツ【蔵王権現】とは?徹底解説!

「すべての【御嶽山(御岳山)おんたけさん/みたけさん】のルーツは【金峯山寺きんぷせんじ】の【金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん】である」と、御嶽山のルーツで明言しました。もっと大きい括りで言うと、全国の【御嶽山(御岳山)おんたけさん/みたけ...