おんたけ専門編 X Facebook LINE コピー 2026.01.232026.01.28 御嶽山に関するマニアックな記事です。筆者のこだわりや独自の考えを載せています。御嶽山を深く知りたい方にオススメです。 御嶽のルーツ【蔵王権現】徹底解説!「すべての【御嶽山(御岳山)おんたけさん/みたけさん】のルーツは【金峯山寺きんぷせんじ】の【金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん】である」と、御嶽山のルーツで明言しました。もっと大きい括りで言うと、全国の【御嶽山(御岳山)おんたけさん/みたけ... 江戸時代!百日潔斎で御嶽へ登る方法とは?!【覚明行者かくめいぎょうじゃ】【普寛行者ふかんぎょうじゃ】によってそれぞれ開山された【木曽きその御嶽山おんたけさん】ですが、今回はその開山前のお話!当時御嶽山へ登るには、「75日間あるいは100日間の精進潔斎しょうじんけっさいしたものだけが... 江戸時代の御嶽ガイドブック!?「吉蘇志略」前の記事でに、開山前の御嶽山へ登る方法として百日間の精進潔斎の内容を紹介しました。その元になった資料が「御嶽登山儀式抄」でした。今回もう一つ、「吉蘇志略きそしりゃく」という江戸時代の御嶽について記述されている貴重な著書を紹介します。簡単に言... 女人結界はいつ解かれたか?御嶽山には女人堂にょにんどうという小屋があります。その昔、御嶽山は女人禁制にょにんきんせいであり、女性は女人堂にょにんどうがある八合目までしか登拝を許されませんでした。というのはそこそこ知られていますが、今回は、その【女人結界にょにんけっか... 山小屋【女人堂】の歴史女人堂にょにんどうは、現在御嶽山にある小屋の中では一番古くからあることで知られています。それは女人堂にょにんどうのホームページにも書かれていますし、疑いもしていません。がしかし、一度調べてみたくなったのでお付き合いください。今回取り上げてい... 石室vs女人堂!どっちが先?「最も古い」「一番最初」の小屋は、石室いしむろか女人堂にょにんどう、どっちか??前回私は、【石室の小屋】は御嶽山で最も古くから存在する小屋であると言いました。「じゃあ、女人堂のホームページは間違っているの?」と思いますよね?女人堂は、御嶽の... 覚明講はいつできた?❶-元祖系-御嶽山は噴火警戒レベルが1へ下がり、再び黒沢口登山道から登れるようになりました。この黒沢口登山道は、尾張おわり出身の【覚明行者かくめいぎょうじゃ】が開いた道です。そのため、登山道には【覚明行者かくめいぎょうじゃ】由来の場所が多く残されてあり... 初代・普寛講の痕跡①高砂講先回、【覚明講かくめいこう】のルーツを辿りましたが、今回は【普寛講ふかんこう】です!普寛講ふかんこう(御嶽講おんたけこう)を立ち上げるよう指示した普寛行者ふかんぎょうじゃですが、初代・普寛講ふかんこう(御嶽講おんたけこう)はどんな講社だった... 異議あり!白川大神は後付け?前回御嶽【神霊軸】の続きです!訳ありと言った【御嶽神霊軸おんたけしんれいじく】の中央部上段を見ていきましょう!中央部上段に注目!それでは中央部上段(上から二段目)に注目です。御嶽神社の説明、そして書籍「木曽のおんたけさん」によると【三笠山大... 継母岳と継子岳の入れ変わり説①前に継母岳と継子岳の由来〜阿古多丸伝説〜という記事で、【継母岳ままははだけ】と【継子岳ままこだけ】の由来や【阿古多丸あこたまる伝説】について紹介しました。ですが、伝説や名前というものは意外と曖昧に伝わっています。山の名前も地名も、間違って伝... 黒沢と王滝の確執①武居家と滝家御嶽山(長野県側)は、主に二つの登山道があります。【覚明行者かくめいぎょうじゃ】が開いた黒沢口【普寛行者ふかんぎょうじゃ】が開いた王滝口ずっと取り上げたかった、黒沢口の武居たけい家けと王滝口の滝たき家けのシリーズを始めます。分かりやすくする...