【木曽の御嶽山】には【霊神碑】と言われる石碑が無数にあります。御嶽山の山中はもちろんのことながら、麓の町まで広範囲に立ち並び、そのおびただしい数は約三万基に昇るとも言われています。
この【霊神碑】とは一体何なのでしょうか?
お墓みたいなものでしょうか?
お地蔵様のようなありがたいもの??

【霊神碑】とは、
結論から言いますと、
① 「魂のお墓」です。お骨は入っていません。
② 一基に一柱、つまり一つにつき一人の霊神が眠っています。
※お墓には一族一同が納骨されています。これがお墓との大きな違いです。
そもそも【霊神】とは、実在した行者が死後に神霊化された存在であり、【霊神碑】はその依代として建立された象徴物です。こうした【霊神信仰】は、【霊神】を【霊神碑】として象徴化することで成立している信仰形態であり、他の山にはみられない御嶽独自の信仰となっています。
【霊神】で最も格が高いのは、開山に導いた【覚明霊神】と【普寛霊神】であり、その弟子の【一心霊神】と【一山霊神】を含めて御嶽山の四大講祖と呼ばれています。彼らは御嶽の開山とその弟子として各講社に崇拝され、全ての御嶽講はこの四大講祖の系譜に当たります。

「なきがらは いつくの里に埋むとも 心御嶽に有明の月」
普寛行者 辞世の句
(亡骸はどこに埋めてあっても心はいつでも御嶽山にある)
【普寛行者】が生前に残したこの辞世の句が、“死ねば霊魂は御嶽に還る”という【霊神信仰】のもとになったと言われています。【霊神】の魂は死後御嶽山へ行き、今も山中で修行を続けていると信じられています。これが【霊神碑】建立の風習につながったようですね。

こうして、生前に行者として厳しい修行をした者たちは、死後に【霊神】として祀られ、講集団の人々から篤い信仰を受けています。【霊神】として永久に祀られるためには、優れた能力の保持や、人格的、倫理的な条件が求められます。開祖や講祖の名前の一文字を入れた【霊神号】を追贈されることが多いようです。
【霊神碑】は御嶽山にあるそれぞれの講社の霊神場に建てるのが一般的ですが、地元の霊場にも建立されています。地域によっては、講の活動に貢献した信者にも【霊神号】を与えられる場合があるそうです。

最初に述べた結論で、【霊神碑】は簡単にいうと「魂のお墓」だという言い方をしましたが、実際【霊神碑】にはお骨は入っていません。これは高野山の供養塔と同じですね。高野山の奥の院にも、五輪塔の形をした供養塔が鎮座しています。どちらもそれぞれ別の場所にお墓があります。
一般的なお墓は、累代墓であるので、お墓には先祖代々のお骨が眠っていますよね。
一方、【霊神碑】は、その一人の行者を表す特定のものです。
代々の先祖を祀った累代墓に参拝するよりも、一基に一柱を祀っている【霊神碑】の方が、向き合う相手が特定されている、会いに来たという感覚を得やすい、という特徴があります。実際、御嶽講で行われる儀式【御座】では、【霊神】さまが降臨されて直接お話をしたり、相談事をしたりできるそうです。
そうした信者たちにとっては、御嶽登拝における霊神場への参拝は最も重要な儀礼なのです。
“神仏と現世に生きる人々との間を「つなぐ」のが霊神”だと言われています。信者でなくとも、【霊神碑】を見つけたら、その霊神さまに敬意をはらって手を合わせたいと思います。


以上、参考文献は
「木曽のおんたけさん」(執筆編集代表 菅原壽清)
「御岳山 霊なる山の素顔」(信濃毎日新聞社)
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