【賽の河原】という言葉を聞いたことはありますか?【賽の河原】と名のつく場所は日本各地にあります。表記は「西の河原」「サイノカワラ」だったりします。
【木曽の御嶽山】にも、のニノ池から摩利支天山へ上がる途中に、【賽の河原】があります。
外輪山の摩利支天山と、剣ヶ峰の間にあり、火口原という平坦部にあたります。

無数に石が積まれており、お地蔵さまがたくさんいます。
独特の雰囲気が漂う場所です。

【賽の河原】とは一体何なのか?お地蔵さんが多いのは何故?
どうして石が積んであるのか?それを今回解きましょう!
賽の河原とは何か?
仏教の話ですが、
この世とあの世を隔てる三途の川、そこに【賽の河原】はあるとされています。この世を此岸、あの世を彼岸とも言いますね。【賽の河原】は地獄の一つであるとも言われています。人は死ぬと三途の川を渡って、あの世(彼岸)で成仏しますが、罪を犯したものは地獄へ落とされ罰を受けます。
そして可哀想なことに、親より先に死んだ子供は親不孝者だ、として成仏させてもらえません。子供たちは徳を積むため、【賽の河原】で石を積まされます。しかしながらせっかく積んだ石は、地獄の鬼によって壊されます。子供たちは鬼に怯えながらひたすら石を積むのです。積んでは壊され、の無念の繰り返しです。

そんな子供たちを救うために、地獄まで下りてこれる唯一の仏さまがいます。
それが地蔵菩薩、いわゆる「お地蔵さま」なんです。

子供たちは最終的には、地蔵菩薩によって救済され、成仏できるのです。

ニワトリが先か、卵が先か?
つまり、そんな【賽の河原】を彷彿とさせる場所に付けられる名前なんです。このように荒涼とした、草木が少なく、岩がゴロゴロしたような場所のことをしばしば【賽の河原】(西の河原)といい、日本各地に名付けられました。
しかし、おそらく始まりは逆で
「ここはまるで、あの世との境目のようだ」
「【賽の河原】とは、きっとこのような場所なんだ」
と誰かが言い出したんでしょう。
「迷いやすい」から石が積んである(ケルンの役割な)わけですが、それを
「死んだ子供の霊が、石を積んだ」と考え、信仰が広まって行ったんだと思いました。
そうして【賽の河原】は“このような場所”というイメージが定着していき、
「この場所は【賽の河原】と名付けよう」
と言ったように、全国的に広まっていったんではないでしょうか。

まるで、ニワトリが先か、卵が先か?のような「場所が先か、名前が先か?」問題ですね。
とある場所から、賽の河原のイメージが作られた
↓
“賽の河原はこういう場所”が定着
↓
それっぽい場所は以降【賽の河原】と名付けられる
あの世への入り口?
御嶽山の【賽の河原】も、あの世とこの世を繋ぐ場所とされ、
死んだ子供たちへの供養塔として石が積まれたようです。
そして子供たちを救うため、お地蔵さまを祀ったんでしょうね。

ここを通る際は「きっと【賽の河原】はこんな場所」と想像してみてください。
【賽の河原】は霧も発生しやすく、最も迷いやすい場所とも言われ、晴れている時とは全く雰囲気が異なります。御嶽山に慣れてる人でも、霧が出ている日はここを通りたくない、怖い、と言ってるのを聞いたことがあります。

霧の多い日は迷わないように気をつけて歩いてください。
間違ってあの世(彼岸)へ入ってしまいませんように、、、、、。

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