御嶽神社(剣崎小路城)の石碑

御嶽山を探せ-群馬県-

【御嶽神社】というワードを求めて立ち寄った場所です。神社というよりは石碑が祀ってあるだけでした。城跡に、石碑を建てたのかもしれませんが、どのような成り立ちなのかも知る由がありませんでした。ですが、石碑には興味深い文字が読み解けたので、紹介しておこうと思います。

〒370-0883 群馬県高崎市剣崎町838
https://maps.app.goo.gl/MrutR5tY9ziCyvDu9?g_st=ic
駐車場なし(至近距離にローソンあり)

道路沿いにこのような入り口があります。
看板の文字は薄れて読めませんでしたが、上に新しくした看板がありました。

説明書きはお城に関するもので、御嶽神社をこの地に祀った経緯は一切ありませんでした。お城が築城されたのは1500年代ですから、覚明かくめい行者や普寛ふかん行者が開山する前の時代(〜1785年)です。この頃はまだ木曽の御嶽山は一般人に開山されていません。廃城した跡地に、御嶽講社か信者関係者が、御嶽神社を勧請かんじょうし石碑を建てたと考えます。

住宅地にひっそりと建っています。

中心に、【御嶽山座王大権現おんたけさんざおうだいごんげん】とはっきり見えます。奈良の【金剛蔵王権現こんごうざおうごんげん】を普寛行者が変化させた言い方です。

そしてまず左側に【意波羅天いばらてん】と読めます。これはまさしくあの意波羅山を指しています。
さらにその左側に【刀利天とうりてん】とうっすら見えます。刀利天は、三笠山に祀られている【三笠山豊斟渟尊とよくむぬのみこと刀利天】のことです。

そして読みづらい右側二列ですが、左側が読めたおかげでおおよそ検討がつきました。
まず中央右側は【大?羅天】とギリ読めます。これは八海山に祀られている【八海山国狭槌尊くにのさづちのみこと大頭羅親王だいずらしんのう】から【大頭羅天だいずらてん】だろうと推測しました。
最後一番右側は【武??】と、ぎり一文字ですが、ここまでの羅列で【武尊山】を指してること間違いなしです。【武尊天ほたかてん】でしょうか?

【権現】や【天】の表記をしていることから、神仏分離令が起こる明治以前(〜1868)に建てられたことが予想できますね。そして普寛行者が開山し、御嶽山へ勧請した御山おやま(三笠山・意波羅山・八海山・武尊山)を御嶽山中心に4座並べているのは、普寛行者ゆかりの講社だとわかりました。

許されるなら、石碑の文字を指でなぞって確認したいと思いました・・・・。

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