普寛行者

木曽の御嶽山の話

黒沢と王滝の確執③王滝、屈辱の戦い?

黒沢口と王滝口の神主である武居たけい家けと滝たき家けの紹介をしています。前回は、覚明行者と普寛行者がそれぞれ御嶽山を開山した結果、何が起こったのかを武居たけい家け目線で解説しました。今回は、「③王滝、屈辱の戦い?」です。前回の後半部分と内容...
木曽の御嶽山の話

黒沢と王滝の確執②武居家の厄介事とは?

前回、御嶽山開山前(〜1785年)に起こっていた武居たけい家けと滝家たきけの紹介をしました。王滝村は、黒沢村と比べてかなり不遇な扱いを受けていたので、なんとなく関係が悪い理由が分かったでしょうか?今回の「②武居家の厄介事とは?」では、覚明行...
木曽の御嶽山の話

普寛行者の弟子②金剛院順明

普寛行者の弟子筋にあたる重要な行者を紹介しています。前回の圓城院えんじょういん泰賢たいけんに続き、今回は金剛院順明こんごういんじゅんみょうを紹介します。金剛院順明こんごういんじゅんみょうも普寛行者の直弟子です。かなりの功績がある人物ですが、...
木曽の御嶽山の話

普寛行者の弟子①圓城院泰賢

今回の主役は、八海山の回で紹介してきた圓城院泰賢えんじょういんたいけんです。これまでの記事で、代表的な普寛行者の弟子たちが出揃ってきましたので、個別に紹介&まとめをさせていただきます。(普寛行者についてはこちら)「普寛堂宝物拝見記」より圓城...
新潟県の御嶽山

越後の八海山、登拝記録②

新潟県の八海山へ登ってきた記録の続きです。前回は八海山の核心部であるハツ峰やつみねを無事回ることができました。八海山の最高峰、入道岳へ無事ハツ峰やつみねを終えたので、この先は最高峰である入道岳にゅうどうだけへ向かいます。振り返って大日岳だい...
新潟県の御嶽山

越後の八海山、登拝記録①

前回、御嶽山に祀られている八海山について説明しました。(八海山はどこからきた?)今回は、ついにその本場である越後の八海山へ登ってきましたのでそのレポートです。いざ越後の国へ!普寛行者ふかんぎょうじゃが御嶽山を開山したその2年後の、寛政6年(...
御嶽山の信仰

八海山はどこからきた?

以前、八海山と三笠山って、御嶽山とどういう関係?で少し紹介しましたが、今回は【八海山はっかいさん】に絞って紹介します!神社はあっても山はない⁈【八海山はっかいさん】というと、木曽では割と馴染みがある名称です。なぜかというと、登山口がある王滝...
御嶽山の信仰

初代・普寛講の痕跡②太元講

初代・普寛講ふかんこう(御嶽講おんたけこう)の中でも、最も歴史あると言われている御嶽講を紹介しています。今回はその続きです。順明行者の太元講!前回紹介した高砂講たかさごこうと並んで、木曽の御嶽講で最も古いと言われているのが太元講たいげんこう...
御嶽山の信仰

初代・普寛講の痕跡①高砂講

先回、【覚明講かくめいこう】のルーツを辿りましたが、今回は【普寛講ふかんこう】です!普寛講ふかんこう(御嶽講おんたけこう)を立ち上げるよう指示した普寛行者ふかんぎょうじゃですが、初代・普寛講ふかんこう(御嶽講おんたけこう)はどんな講社だった...
御嶽山の信仰

覚明講はいつできた?❶-元祖系-

御嶽山は噴火警戒レベルが1へ下がり、再び黒沢口登山道から登れるようになりました。この黒沢口登山道は、尾張おわり出身の【覚明行者かくめいぎょうじゃ】が開いた道です。そのため、登山道には【覚明行者かくめいぎょうじゃ】由来の場所が多く残されてあり...