御嶽山の信仰

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御嶽山の不動明王はどうして重要?

【不動明王ふどうみょうおう】は【不動尊ふどうそん】や「お不動ふどうさん」など呼ばれています。いかつい顔で、少し怖いイメージですよね。【不動明王ふどうみょうおう】は御嶽山にたくさん祀まつられています。今回はこの【不動明王ふどうみょうおう】につ...
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御嶽大神(おおかみ)大解説②

御嶽大神(おおかみ)大解説①の続きです。今回は、【御嶽大神おんたけおおかみ】の三人の神さまをそれぞれ紹介したいと思います!①神霊軸②遥拝所③火祭場参考図像は、①神霊軸しんれいじく(御嶽神社)②遥拝所ようはいじょ(田の原)③火祭場かさいじょう...
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御嶽大神(おおかみ)大解説①

御嶽山は霊山であり、たくさんの神仏が祀られている神さま集合山です。これまでも【神霊軸しんれいじく】や、【御嶽山座王権現おんたけさんざおうごんげん三十八座さんじゅうはちざ】などで紹介してきました。現代の【神霊軸】一挙公開!必須項目?御嶽山の神...
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継母岳と継子岳の入れ変わり説②

前回継母岳と継子岳の入れ変わり説①の続きです。今私たちが認識している【継母岳ままははだけ】と【継子岳ままこだけ】は明治時代以前はそれぞれ逆の位置でした!明治16年版地図と大正7年版地図を境に、二つの山はなぜか入れ変わってしまったんです。これ...
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継母岳と継子岳の入れ変わり説①

前に継母岳と継子岳の由来〜阿古多丸伝説〜という記事で、【継母岳ままははだけ】と【継子岳ままこだけ】の由来や【阿古多丸あこたまる伝説】について紹介しました。ですが、伝説や名前というものは意外と曖昧に伝わっています。山の名前も地名も、間違って伝...
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覚明行者の開山って、何がすごいの?

これまで何度か江戸時代に遡さかのぼって、当時の御嶽山における百日潔斎の様子、江戸時代の登山道や御嶽山三十八座を紹介してきました。その後、1785年に尾張おわりの【覚明行者かくめいぎょうじゃ】が御嶽山を開山するのは、御嶽山の歴史において、とて...
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開闢(かいびゃく)とは?普寛行者の功績!

【普寛行者ふかんぎょうじゃ】は、王滝口の開山時から、弟子たちを幾人も連れて御嶽山を登拝しました。さらに第一回目の登拝から【御座おざ】儀式を行い、御嶽山に多くの神々を【勧請かんじょう】する構想を持っていました。このため【普寛行者ふかんぎょうじ...
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覚明さんと普寛さんを照合!

近年、長野側から【木曽きその御嶽山おんたけさん】へ登るには、大きく二つの登山道があります。それは黒沢口くろさわぐち(ロープウェイ側)と王滝口おうたきぐち(田ノ原たのはら)と呼ばれたりもしています。黒沢口くろさわぐちからの登山道(黒沢ルート)...
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覚明行者にはお弟子さんがいない?

【覚明行者かくめいぎょうじゃ】と【普寛行者ふかんぎょうじゃ】と聞けば、おそらく御嶽山に関わっている人なら誰でも当然の如く知られたお名前だと分かりますよね。そしてもう少し詳しい人なら、【四大講祖よんだいこうそ】に含まれるもう二人、【一心行者い...
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入定ってどういう意味??

【入定】(にゅうじょう)と読みます。なかなか日常とはかけ離れた言葉ですが、いったい御嶽山と何の関係があるんでしょうか?ヒントは【覚明行者かくめいぎょうじゃ】です。そう実は以前、山丸三と真言密教-山丸三③-の時にもお話はしてるんですが、今回は...