【木曽の御嶽山】は「木曽のおんたけさん」と読みます。
【嶽】という漢字は常用漢字から外されているため、【御岳山】とも表記されます。
そのため【御嶽山】は噴火の際、「御岳山噴火」と報道されていました。
しかし【御岳山】という知名度の高い山は東京にも存在するのに加え、
その山は「みたけさん」と読むためしばしば混乱が起きました。
【木曽の御嶽山】は、最近では紙面でも「御嶽山」で統一されているように感じます。
しかしながら、【御岳山】と書いて【木曽の御嶽山】を指している表記も未だに存在します。
木曽では【御嶽山】も【御岳山】もどちらも「おんたけさん」と読みます。
(ちなみに、【御嶽山】や【御岳山】と書いて「みたけさん」と読む山もあります)
もともと【御岳/御嶽】の読み方は「みたけ」でした。
吉野の【金峯山寺】という山岳信仰の総本山が「金の御嶽」と呼ばれていたからです。
その昔【木曽の御嶽山】は【金峯山寺】から【金剛蔵王権現】を勧請しました。
そして【御嶽山座王大権現】として祀られていました。
ですが【木曽の御嶽山】は独自に「王の御嶽」と呼ばれ始めます。
次第に「おうのみたけ」が「おんたけ」に変化し、人々が敬意を込めて
「おんたけさん」と呼ぶようになりました。
そのため、木曽では【御嶽山】を「おんたけさん」と読んでいます。
このように、【木曽の御嶽山】は名前の由来も独自でしたが、信仰対象も独特です。
勧請した神さまだけでなく、開山に大きく関わった二名の行者も神格化されました。
その行者が新たに呼んだ山の神さま仏さまもいます。
行者やその弟子たちは【霊神】として祀られるようになりました。
以上から
【木曽の御嶽山】はかなりオリジナルで独立された霊山だと言えます。
そのためか、全国に広がった【御岳山/御嶽山】の信仰とはと区別されているように感じます。
